みなさまこんにちは。

さて、フォルクスワーゲンの「ディーゼルエンジン排ガス不正事件」から2年近く経ちました。

当時私もまとめました(過去記事)が、あの事件が最初に報道された時の衝撃は今でもよく覚えています。

産業史に残る規模のスキャンダルの影響でフォルクスワーゲンAGの販売は激減し、経営難に転落か・・・と思いきや、そうでもありませんでした。

傘下のアウディのル・マン24時間レースからの撤退や、2020年までに人員の5%を削減するリストラが計画されてはいるものの、業績面での影響は甚大というほどではありませんでした。

2014年に1,022万台あったフォルクスワーゲングループの世界販売台数は、事件が発覚した2015年に1,001万台まで落ち込んだものの、翌2016年には1,039万台に回復。純利益も2015年の16億ユーロの赤字から51億ユーロの黒字に転換しました。2017年1月から5月までの世界販売台数も前年同期比を0.1%上回って推移しています。

排ガス不正事件の発覚によって大打撃を被ったのは、フォルクスワーゲンという企業よりも、むしろパワートレインとしての「ディーゼルエンジン」なのでした。

フォルクスワーゲンの場合は、排ガス試験の時だけ有害物質の発生を抑制する違法なソフトウェアを搭載していて、公道走行時には試験よりも大幅に高い濃度のNOxなどの有害物質を排出していました。

しかし、公道走行時に規制値よりも多い有害物質を排出していたメーカーはフォルクスワーゲンだけではありません。

2015年9月の事件発覚以降、フォルクスワーゲン以外の欧州内外の自動車メーカーのディーゼル車は、「実際に公道を走らせると規制値を大幅に上回る有害物質を排出する」として、ことごとく批判の的となったり、規制当局による調査の対象となったのです。
「米国で明らかになったVWの不正事件は、EU内の類似問題、つまり"合法"車両による過剰な排ガス問題に光を当てるきっかけとなった」
英国の調査会社が、ホンダ、マツダ、三菱、メルセデスのディーゼル車の排出ガスを測定
- 2015/10/14 autoblog -


違法であるかどうかを問わず、ディーゼル車は公道走行時に規制値を大幅に超える有害物質が排出されていたことが、次第に詳らかにされていきました。

そもそも排ガス不正事件が欧州でこれだけ騒ぎになった理由は、もちろん事件の本丸がEUの大国ドイツを代表する世界に冠たる大企業フォルクスワーゲンだったことも当然なのですが、やはり彼の地のディーゼル比率の高さにあるのかと思います。

日本やアメリカでのディーゼル車比率は無視できるほど少ないものですが、欧州では乗用車のおよそ半分をディーゼル車が占めています。

ガソリンと軽油の価格がほぼ変わらない欧州で、なぜこれほどまでディーゼルの人気があるのでしょうか。ディーゼル車はガソリン車よりも燃費がよく、低速トルクも厚く運転しやすいということもあると思いますが、やはり政府の優遇策が大きいようです。

下記は超絶長い記事ですが、1990年代に二酸化炭素を中心とする「温室効果ガス」が「環境問題の主敵」とされてからディーゼル優遇策が始まるまでの流れがまとめられています。
欧州では、過去20年に渡ってディーゼル車を普及させるための政策が進められてきた。2001年に当時首相のトニー・ブレアと財務大臣のゴードン・ブラウンは、CO2排出量を基準とした課税制度を導入。ディーゼル車はガソリン車よりもCO2排出量が少ないからだ。この税制優遇制度により、ディーゼル車の購入は突如として大変魅力的なものになった。
The Great Diesel Scandal: Obsessed by CO2 emissions,our politicians bullied and bribed us to buy diesel cars when they knew their toxic fumes were killing us. And guess what, those drivers are now being hit with extra taxes
- 2014/8/8 Dailymail -


欧州では基本的にCO2の排出量ベースで自動車税が変わるため、ガソリン車よりもCO2排出量の少ないディーゼル車にとって有利な税制になっていました。

下のグラフはヨーロッパの乗用車の新車登録台数に占めるディーゼル車の割合の推移です。1990年代後半までは10%台後半から20%台前半だったディーゼル車比率は、今世紀に入ってから急上昇し、ピークの2011年には56%にまで達しました。
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出典:欧州自動車工業会(ACEA)

ディーゼル比率は国によってばらつきがありますが、主要5ヶ国ではイギリス、ドイツ、イタリアが2011年に概ね半分程度だったのに対し、スペインは70%、フランスは72%にも達していました。

しかし、NOx(窒素酸化物)とPM(粒子状物質)がガソリンエンジンよりも多く排出されるディーゼル車によって、欧州の大都市の空気は蝕まれていきます。その結果、ロンドンやパリなどの大気汚染は「あの北京よりも酷い」と評されるまでに悪化してしまったのです。
フランス政府は17日、パリの大気汚染が危険水準に達したとして、20年振りに自動車の運転規制に踏み切る。パリはフランスのディーゼル車補助金制度などを背景として、欧州の他の大都市に比べスモッグに見舞われやすい。
パリの大気汚染が危険水準に、20年ぶり自動車運転規制へ
- 2014/3/17 Reuters -
ロンドン中心部で計測される大気汚染物質の二酸化 窒素(NO2)の濃度は欧州で最も高く、北京を上回っている。
ロンドンの知られたくない秘密-大気汚染、北京同様に深刻
- 2014/5/28 Bloomberg -
欧州環境庁は、大気汚染によって毎年およそ46万7,000人の死期が早まっていると警告した。
Air pollution 'causes 467,000 premature deaths a year in Europe'
- 2016/11/23 BBC -


フランスなどは事件の発覚以前から「過去のディーゼル優遇政策は誤りだった」と認めていました。
仏首相Manuel Vallas「フランスは長きに渡ってディーゼル車を優遇してきたが、誤りだった。理性的かつ現実的な方法で是正しなければならない。」
France says diesel cars a 'mistake,' announces phase-out plans
- 2014/12/1 Autoblog -
英前科学大臣ロード・ドレイソンは、労働党政権のディーゼル車支援策は誤りであり「間違いなく人を殺している」ことを認めた。
UK government wrong to subsidise diesel, says former minister
- 2015/10/1 The guardian -


そして、2015年9月にフォルクスワーゲンのディーゼル不正事件が発覚すると、ディーゼルに対する嫌悪感は一気に噴出しました。イギリスではディーゼル車からよりクリーンな自動車への買い替えを推奨する政策が検討されており、それは「ディーゼル廃棄運動(Diesel Scrappage Scheme)」と呼ばれ、まるで魔女狩りでも始まるのではないかという雰囲気さえ漂っています。もちろん報道から私がそう感じ取っているというだけですが。
政府の計画では15,000台のEURO1からEURO5のディーゼル車とEURO1からEURO3のガソリン車を電気自動車に切り替える。そのための補償費用は1台あたり8,000ポンド(約116万円)と試算されている。ディーゼル車の進入規制地域も過去の計画より拡大される。
Air quality: Diesel scrappage scheme being considered
- 2017/5/5 BBC -
英国の多くの都市は2019年に「クリーンエアゾーン」を導入する。2年以上前に製造されたディーゼル車が市街地に進入するには1日あたり10ポンド(約1,160円)を支払うことになりそうだ。
Diesel tax: 27 cities may bring in diesel charges for drivers
- 2017/7/26 Buy a car -
ロンドンのウェストミンスター行政区はディーゼル車の駐車料金を割り増す「Dチャージ」を発表。2015年以前のディーゼル車が市内の公共駐車場で50%の追加料金を支払う必要がある。
Diesel parking charge: £2.45 'D-Charge' parking supplement for London


イギリスだけではありません。ドイツの連邦参議院では「2030年までにエンジン車は販売禁止にすべし」と決議されました。
ドイツ連邦参議院は、2030年までに内燃エンジンを搭載した新車の販売禁止を求める決議を可決した。法的拘束力はないが、ドイツは欧州委員会に対して、この禁止案をEU全体で実施するよう求めている。
ドイツ、2030年までに内燃エンジンを搭載したクルマの販売禁止を要求
- 2016/10/11 autoblog -


パリ、マドリード、アテネ、メキシコシティの各市長は2025年までにディーゼル車をそれぞれの街から締め出すと宣言しました。
Diesel vehicles to be banned from Paris, Madrid, Athens and Mexico City by 2025
- 2016/12/2 autocar -


BMWの本社があるミュンヘンやダイムラーのお膝元シュツットガルトも例外ではありません。
ミュンヘン市長「(ディーゼル車を禁止するようなことは)避けられることが望ましいが、将来にわたって現状のままということはないのだろう。」
Munich, home to BMW, considers diesel ban to tackle pollution
- 2017/6/14 Reuters -
シュツットガルト市は市内からEuro5以前のディーゼル車を締め出す方針。2016年初頭時点でEuro6の基準を満たすディーゼル車はおよそ10%に過ぎない。
Stuttgart, Germany, to ban some diesel cars from city center
- 2017/2/22 Autoweek -


それではEuro6のディーゼルエンジンならばクリーンだと言えるのでしょうか。Euro6は、規制値ではNOx排出量がEuro5の半分以下、Euro4の3分の1弱に抑えられているのですが、公道走行ではなんとトラックよりも多くのNOxを排出するというのです。
公道走行試験の結果、大型車のNOx排出量は1台あたりおよそ210 mg/kmだった。しかし、Euro6のディーゼルエンジンを搭載した乗用車のNOx排出量は500mg/kmに達した。
NOx emissions from Euro 6 diesel cars more than double modern diesel trucks, according to new study
- 2017/1/9 Fleetnews -


もともとEuro6の厳しい規制については、欧州自動車メーカー各社が「基準を達成できない」と表明していましたし、不正発覚後に複数のメーカーがEuro6を含むエンジンのソフト改修を行なっています。2017年7月にメルセデスが発表したディーゼルエンジンのリコール対象にも、ほぼ全てのEuro5とEuro6のモデルが含まれているのです。

このような報道に連日のように曝されれば、それでもなおディーゼル車を買おうという消費者が次第に減っていくのは当然の流れといえます。英Autocar誌が2017年5月に第三者機関と共同で実施した調査結果は衝撃的でした。

それによると「次の車をディーゼルエンジンにする」と回答した人はたったの2割程度しかいなかったのです。
イギリスにおけるディーゼル車の普及率は4割程度だが、およそ1,000人のドライバーのうち、次の車をディーゼル車にすると答えた人は僅か23%だった。さらに、現在ディーゼル車を所有する人の半分以上が、次はディーゼル以外を購入すると答えたのだ。
Diesel sales set to slump due to pollution fears - Autocar investigation
- 2017/6/27 autocar -


現在はディーゼルエンジンが執拗に叩かれているために拒絶反応が大きいのかと思います。しかし、実際の購買行動がこの調査結果の通りになれば、欧州のガソリン車とディーゼル車の比率は様変わりするかもしれません。

欧州各社は一挙に電動化の道を突き進むようです。ボルボは2019年以降電動車のみをラインアップするとのことです。
ボルボ、2019年から全モデル電動化へ…2021年までにEV 5車種を発売
- 2017/7/5 レスポンス -


しかし、中大型SUVが主力で、車両の特性上ディーゼルエンジンが極めて重要な基幹部品であるランドローバーにとっては、厳しい戦いになるかもしれません。
ジャガーランドローバー首脳がディーゼルエンジンを擁護
- 2017/5/5 autocar -


さて、遠いヨーロッパではこのようにアンチディーゼルの嵐が吹き荒れているわけですが、日本にはどのような影響を与えるのでしょうか。

一昔前の日本の乗用車市場では、ディーゼル車といえば、トヨタ・ランドクルーザーをはじめとする一部の「クロカン」などと呼ばれた車種に限られていました。それも厳しいディーゼル排ガス規制によって姿を消していました。

近年は「ディーゼル乗用車の冬の時代」が続きましたが、2012年にマツダが「SKYACTIVE-D」と呼ばれる新世代のクリーンディーゼルを搭載した初代CX-5を発売し、ディーゼル車は再び普通の消費者の選択肢になりました。

初代CX-5発売の後を追うように欧州各社も最新のEuro6規制に対応したディーゼルモデルを相次いで正規輸入します。ここから21世紀の日本のディーゼル乗用車市場が開花したともいえるのですが、マツダ以外の国内勢の動きは未だ鈍く、国内で購入できるディーゼル乗用車の大半は輸入車という状況が続いています。
国内で購入できるクリーンディーゼル車
- クリーンディーゼル普及促進協議会 -


この一覧が「日本におけるディーゼル乗用車の黄金時代の図」になるのかもしれませんね。

しかし、欧州でディーゼル車が売れなくなってしまうと、ある意味ディーゼルに「賭けていた」ように見えるマツダは、日本やアメリカだけでディーゼル車を販売したとして商売になるのかどうか心配です。

そして、発売当初はディーゼル専用車だった小型SUVのCX-3にガソリン車も追加することになったそうです。

ディーゼルのみのラインアップでは販売が伸び悩んでいたようですが、これがVW事件やその後の欧州での反ディーゼルの気運を反映したものなのかどうかはよく分かりません。

ともかく、ここまできてこんな記事を読むと、もうなんだか背中がむず痒くなってしまいます。
最近普及してきた「クリーンディーゼル」というフレーズですが、世界から見たらおかしな言い方で、じつは、ディーゼルがダーティーなものだと思われている日本だけの言葉なんです。欧米では「ディーゼルは環境に良くない」というイメージがなく、いたって普通のエンジンとして普及しています。Story of DIESEL No.1
- マツダ -


いや別に清水和夫さんがどうこうというわけではないですよ。内容だってディーゼルエンジンを啓蒙するための真っ当なマーケティングメッセージですからね。今となってはアレだというだけで。

さて、この件毎日のように続報が出ていて、つい先ほども、ドイツでリコール改修されていないフォルクスワーゲンのディーゼル車は登録が抹消されそうだとか、イギリス政府が2040年までにガソリン車とディーゼル車の販売を禁止するなどの報道が舞い込んできており、話が終わりそうにありません。

新しい状況が入り次第、気が向いたらまた書きたいと思いますので、今回はこの辺で。