みなさまこんにちは。

今度こそはフランス車の話題をと思い、9月のフランクフルトショーでシトロエンからCactus Mなる面白そうなコンセプトカーが発表されたので、あれこれと筆を進めていた矢先にこれですよ。

フォルクスワーゲンのディーゼル不正事件。

事件のあまりの重大さに、のん気に「いやー、Cactus Mは洒落てるね〜、さすがフランス人」なんて書く気にもなれず、ひたすら事件の推移を追い続ける毎日でした。

まあ、世界は私がどんな気分だろうが知ったこっちゃないですけどね。

ということで、個人的には世界の自動車産業史のみならず、産業全体の歴史においても史上最大級のスキャンダルとなることは間違いない「フォルクスワーゲンディーゼルエンジン不正事件」。欧米メディアでは、1970年代の米国で起きた、当時の現職大統領が辞任に追い込まれた政治スキャンダル「Watergate事件」になぞらえて「Dieselgate事件」と呼ばれることもあります。

事の発端、というよりも、問題が大々的に報じられることとなったきっかけは、2015年9月、VWが北米で48万台をリコールするという発表でした。
米環境保護局(EPA)は18日、独フォルクスワーゲン(VW)と傘下の独アウディの自動車で大気浄化法違反の疑いが見つかったと発表した。対象となるのは2008年以降に米国で販売されたディーゼル車5車種、計48万2千台。VWなどはリコール(回収・無償修理)に追い込まれる見通しだ。
独VW、米で大気浄化法違反の疑い 48万台対象
リコール避けられず

- 日本経済新聞 2015/9/19 -


48万台のリコールというのは大したニュースではありません。現在は車種やブランドの垣根を越えて部品が共用化されていますので、100万台規模のリコールというのもさほど珍しくはありません。

私も最初にこのニュースの見出しを読んだ時は「ふーん、VWって北米でディーゼル出してたのねえ。」くらいにしか思いませんでした。

ところが、排ガス試験の状態を検知して作動する違法なソフトウェアを搭載することで規制を回避し、公道走行時には基準を大幅に超える有害物質を撒き散らかしていたというのですから、もう驚天動地の吃驚仰天、開いた口が塞がらないとはまさにこのことです。
EPAによると、VWは一部の車種に、当局の排ガス試験を検知した場合のみ、排ガス低減機能を作動させるソフトウエアを搭載。通常走行時には基準の最大40倍の窒素酸化物(NOx)を排出していたという。
独VWに48万台リコール命令=排ガス規制を不正回避―米EPA
時事通信社 2015/9/19


その後の推移は世界的に報道されている通りですが、登場人物が多いので整理しておきましょう。

フォルクスワーゲン(VW)
言わずと知れた世界有数の自動車メーカー。本社はドイツのヴォルフスブルク。傘下ブランドは乗用車がVW、アウディ、シュコダ、セアト。高級車がポルシェ、ベントレー、ブガッティ、ランボルギーニ。そして商用車のマン、スカニアに加えて二輪のドカティ。従業員数59万人。連結売上高は2,000億ユーロ(約27兆円)。

米国環境保護庁(Environmental Protection Agency、EPA)
市民の健康保護と環境保護を担うアメリカ合衆国連邦の行政機関。米国で自動車を販売するメーカーは燃費や排ガステストの結果をEPAに提出しなければならない。

カリフォルニア州大気浄化局(California Air Resources Board、CARB)
カリフォルニア州の大気汚染に関する規制を司る政府機関。1970年代に米国の改正大気浄化方法(マスキー法)制定に携わったことで知られる。

国際クリーン交通委員会(International Council on Clean Transportation、ICCT)
環境保護に関する技術研究を通じて規制当局に働きかけを行う米国の環境NPO。代表のDrew KodjakはEPA出身であることもあり、米国の政府機関と太いパイプを持つ。

ウエストバージニア大学(WVU)
アメリカのウェストバージニア州にある州立大学。今回、同学工学部の研究班がEPAの依頼を受けてディーゼル車の排出ガスに関する公道試験を行った。

ロバート・ボッシュ
ドイツに本社を置く世界最大の自動車部品メーカー。VW向けに不正プログラムを開発し納入するが、あくまでも「下請け」の立場であり事件への責任追及は今のところなし。2007年にはVWに対し「プログラムを市販車に載せたら違法ですよ」と警告している。

主な登場人物はこんなところでしょうか。

事件の発覚の経緯は、現時点で報道されている限りでは概ね以下の通りです。かなり意訳ですが。

2013年。EU当局がICCTに北米の欧州製ディーゼル自動車の排出ガスについて調査を依頼する。

EU「今までCO2削減のためディーゼル推しで来たけど、特にパリなんか大気汚染ひどくなる一方だがや・・・」
EU「ほーか!欧州車も北米で超クリーンなディーゼル出しとるもんで、アメさんに聞いてみるがや。」
ICCT「うーん、せやね。じゃあ調べてみますわ。WVUてとこがええ検査機器持ってますよって。」
WVU「あら?公道テストしたら基準の何十倍もNOx出とるぞ。検査台だと基準通りなのに・・・???」
ICCT「他のメーカーも公道じゃ基準値超えとるけど、VWはあまりにも顕著やな。こりゃお上に報告せな・・・」
CARB「VWさん、これどういうことですの?」
VW「そりゃあそちらの検査機器や方法が悪いんでしょうなあ。」
CARB「再テストしても変わらんけど、不具合と違うの?」
VW「まあそこまでおっしゃるならリコールしますけど。」

2014年12月。VWは北米の50万台を対象に1度目のリコールを実施。

CARB「ほな対策済み車両でもう一回テストしてみよか・・・なんじゃこりゃ、ほとんど変わらんやんけ!」
VW「やはりそちらの試験内容に問題があるんでしょうなあ」
CARB「くそっ・・・何かあるに違いないで・・・こうなったらプログラムも解析や。あっ!これデフィートデバイス組み込まれとるやんけ!」

そして2015年9月。

CARB「おいVW!どないなっとんねん!ネタは割れとんのや!」
EPA「せや!このままやと2016年モデルは認証せんど!」
VW「もうダメだ・・・堪忍です・・・」

何カ月もの言い逃れの末に、VWの技術者たちがやっと、カリフォルニア州環境保護局の大気資源委員会の調査官らに秘密を打ち明けた。
独フォルクスワーゲンの排ガス不正-「ごまかし」はこうして暴かれた
- Bloomberg -

1年以上前からフォルクスワーゲンのディーゼル車の排出ガスについては疑念が持たれていた。(Researchers first raised concerns about Volkswagen diesel emissions more than a year ago)
VW Diesel Crisis: Timeline of Events
- cars.com-


いったいなぜこのようなことになったのか。私はエンジニアではないので技術的な見解はできませんが、そもそもフォルクスワーゲンという企業がどのような環境に置かれていたのか。そこから事件の動機に結びつく手がかりがあるのではないかと思い、調べてみました。

まず2004年に米国の排出ガス規制「Tier2 Bin5」が施行されます。これがそもそもの発端と言っていいでしょう。Tier2 Bin5では、1km走行あたりのNOx排出量が0.044gと規定されています(2007年〜)。これは当時の日本の新長期規制の0.15g/kmの3分の1、欧州EURO4(2005年〜)の0.25g/kmの5分の1に相当する大変厳しい水準です。日本のポスト新長期規制(2009年〜)と、欧州のEURO6(2014年〜)でようやく0.08g/km、米国の2倍まで差が縮まります。この厳しいTier2 Bin5をパスすれば米国全州での販売が可能になります。

さて、その頃のフォルクスワーゲングループはどんな状況だったのでしょうか。こちらが過去10年間の主要自動車メーカーの世界販売台数の推移です。
image

image

- 各社資料を元に筆者作成 -

過去10年間で大幅に販売が伸びているのは、VWグループと現代グループのみ。VWグループは2005年は520万台で5位だったのが、わずか10年で倍増し、トップを伺うまでに成長しました。

あ、なんかひとり低迷している、当ブログのタイトルにもなっている某国のメーカーがありますが、今回はノーコメントです・・・

で、VWが伸びている理由はもうみなさまご想像の通りですが、中国ですね。VWグループの地域別販売台数の推移です。
image

- VW社の資料を元に筆者作成 -

アジア太平洋地域の2005年の販売は70万台足らずだったのが、2014年はなんと411万台。10年でざっと6倍にまで成長しています。国別の数字は割愛しますが、アジア太平洋の販売のほとんどは中国です。

そして今回の事件の震源地となったアメリカ。フォルクスワーゲングループの2014年の販売台数は87万9千台でした。フォルクスワーゲンは歴史的に北米は非常に弱く、販売台数自体は10年前の1.7倍に増えてはいるものの、1,600万台市場のアメリカではシェアわずか3.6%。「外資」トップのトヨタが237万台、ホンダや日産が150万台前後であるのに比べて大幅ひ遅れを取っています。

フォルクスワーゲンは、この状況を打開して北米でのプレゼンスを高めるため、2008年に新型ディーゼルエンジンを搭載したジェッタを発売します。ジェッタといえばゴルフベースのセダンですね。日本では廃止されて久しいですが、セダン人気の根強い北米ではフォルクスワーゲンの最量販車種になっています。



フォルクスワーゲン日本のサイトにも当時の記事が残っていました。ちょっと長いですが引用します。

2007年には、・・・ヨーロッパの最新の排ガス規制であるEuro5をクリアする環境性能を両立させることに成功した排気量2リッターのTDIユニットを発表。さらに2008年には、世界一厳しいアメリカの排ガス規制「Tier2 Bin5」をクリアする世界初の乗用車となったジェッタ ブルーTDIが発表され、全米50州での販売が開始されました。ディーゼルエンジン開発の歴史
- フォルクスワーゲンジャパン -


文末には2006年ごろ発行したと思われる冊子のPDFもありますが、いまになって見てみると、フォルクスワーゲングループとしていかに「ディーゼル推し」であったかがわかります。

私が疑問に思っているのは、VWにとってさして販売台数の多くない北米で、意図的に違法なソフトウェアを搭載した車両を販売するということに手を染めたのはなぜか?ということです。

確かに欧州は不況続きで先行きが不透明。中国も今でこそ二本柱の一翼を担っているが、チートソフトのリリース時期にあたる2007年前後はまだまだ100万台レベル。やはり1,500万台市場の北米を攻めるべきだと。

そしてその起爆剤が「クリーンディーゼル」たる「ブルーTDi」であると。でも北米はNOx排出量の規制値がが世界一厳しいTier2 Bin5だ。既存のエンジンでは歯が立たない。メルセデスの浄化技術は高くてとてもコストに合わない。ボッシュに作らせた「チートプログラム」でごまかそう。

うーん。

報道を見る限りではだいたいこの通りみたいなんですが、腑に落ちないんですよねえ。

欧州の景気はいつまでたってもフラついてるし、中国もいつ崩れるかわからない。3本目の柱が北米である。これはわかる。

そして、北米を攻めるにはボリュームゾーンのDセグやピックアップの品揃えが圧倒的に弱い。そこを「環境性能」で補おう。これもわかる。

その結論が、ディーゼル?

「クリーンディーゼル」がなかった当時の日本に負けず劣らず乗用車のディーゼルエンジンが不評だった北米で、ディーゼル?なぜガソリンじゃダメだったんだろう?

報道では「北米での拡販」が不正の目的であるとされていますが、言っちゃ悪いですけどVWグループにとっては所詮3.6%しかないニッチ市場です。仮に「素晴らしい製品」で販売が2倍に成長しても、上位メーカーには追いつきません。

しかも北米では分の悪いディーゼル。「ドイツの技術力で厳しい排ガス規制をクリア!」と謳えば拡販できるという仮説は理に適ってはいると思いますが、それでもガソリンがダメだという理由にはならないような・・・

あ。

ハイブリッドとの燃費競争、か・・・

ジェッタの直接のライバルといえば、同じ外資のハイブリッド車、トヨタのプリウスですね。

「打倒トヨタ!打倒ハイブリッド!打倒プリウス!」

そういうことなのかなあ。

確かに、ブルーTDI投入以降、アメリカでのジェッタの販売台数は順調に伸びていて、年によって変動はあるものの、プリウスと互角に張り合えるまでに成長したといえると思います。
image

- 統計資料を元に筆者作成-

しかしそれでももう一つ、腑に落ちないことがあります。

それは、なぜこのソフトウェアの搭載を全世界1,100万台にまで広げてしまったのか、です。チートプログラムの搭載を北米仕様だけにとどめていれば、不正発覚による傷は遥かに浅く済んだはずです。

それを全世界にまで広げた理由は・・・

北米以外でも不正を働いていた・・・?

そうだとすると、緩めのEuro5規制すら欺いていたことになりますが、ほんとうにそうだとすればますます大ごとです。「北米での拡販を急ぐためにチートに手を染めた」という動機が根底から崩れてしまいます。

しかし、たかだか48万台だけのために1,100万台をリスクにさらす合理的な理由があったとはちょっと思えません。

ということは、この事件はやはり北米だけではなく、他の地域にも広がるのでしょうか。フォルクスワーゲンはコンプライアンス糞食らえの反社会的組織だったのでしょうか・・・

こんなことを考えて書き連ねているうちに、EPAが今度は3.0リッターV6ディーゼルも不正をしていたと発表(VWは否定)したほか、VWの内部調査で新たな不正が発表されるなど、事態は混迷の度合いを強めております。

いやー、闇が深いなあ。ひとまずこの辺でいったん切りましょう。

次こそお気楽な試乗記事でも書きたいなあ・・・。