みなさまこんにちは。

さて、「PSAプジョーシトロエングループ」改め「グループPSA」が、悲願の北米市場への再参入を計画中であることが公式に発表されました。

PSAが北米への再進出を検討中であることは、かねてより首脳陣も「PSAがグローバル化を進める上で北米は欠かせない」と発言をしていたことでも知られていましたが、同時に「すごく大変なのでそう簡単にいかないよ。」とも念押しされていました。

それがこの4月5日に執り行われた新経営戦略「Push to Pass」の発表に併せて、この度正式に発表されたのです。

「Push to Pass」は、2014年から進めている経営再建プラン「Back in the Race」の目標達成を受けて発表された、2016年から2021年までの中期経営計画です。

Having achieved the restoration of our financial fundamentals well ahead of ‘Back in the Race’ planning, PSA is now in a position to launch and execute its organic profitable growth plan: PUSH TO PASS(PSAが「Back in the Race」計画による財政再建の達成を受け、新たな成長プラン「Push to Pass」を発表)
PUSH TO PASS
- PSA Group -


新計画「Push to Pass」では、2021年までに自動車事業の営業利益を6%まで改善することや、5年間で34の新車(マイナーチェンジを含む)を発売することなどが挙げられていますが、この中で北米市場に再進出することも触れられています。

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さて、PSAの北米再進出によって、プジョー308やシトロエンC4ピカソがサンフランシスコやニューヨークの街を駆け巡る姿を見ることができるのでしょうか?

いえいえ。残念ながら、現在市販されているモデルが北米に正規輸出されることはなさそうです。というのも、現在明らかになっている北米再進出プランは10年計画で3つのステップに分かれていて、新車販売はその最終ステップに位置づけられているからです。

ステップ1では、フランスの複合企業であるボロレグループがフランスで提供している電気自動車のシェリングサービス「Autolib」の米国版を計画しているようです。これは2017年開始予定とのことです。Bollore BlueSummerかシトロエンe-Mehariが導入されるのでしょうか。
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ステップ2では、PSAの車両をリースやカーシェアリングサービスで貸し出すことによって、ディーラー網やマーケティングなどの投資を最小限に抑えながら、ユーザーの実走行データを収集することを考えているそうです。

そして、この2段階の戦略が上手くいった暁に、ようやくPSAの新車を北米市場で発売するということです。順調にいって10年以内ということですから、2026年ですね。発売されるのは現行から2世代ほど先のモデルとなりそうです。

しかし、アメリカではZipcarなどのライドシェアサービスが先行しているほか、先に北米再進出を果たしたフィアッやアルファロメオは苦戦中とされており、見通しは決して明るいとは言えなさそうです。
PSA Peugeot Citroen unveiled a 10-year plan that could eventually mean the return or launch of Peugeot, Citroen and DS models in the U.S. market.(PSAプジョーシトロエンは、米国市場でプジョー、シトロエン、DSブランドの発売を目指す10年計画を発表した。)
PSA plots 3-stage return to U.S. Tavares' updated plan initially just calls for car sharing, possibly of EVs(PSAが北米再進出プランを発表。当初はEVのシェアリングとなる模様)
- Automotive News -

Tavares' plan spans ten years and starts with a modest first step "as a mobility operator."(タバレスCEOの10年計画の慎重な第1段階は「モビリティサービス事業」だ)
Peugeot, Citroen considering US sales within 10 years(プジョーシトロエンが10年以内の米国での発売を計画)
- Autoblog -

The recent re-introduction of Fiat and Alfa Romeo in the US has, thus far, failed to make a significant impact on the market and it is likely PSA will face similar challenges should they choose to re-enter the market in the near future. (米国では最近フィアットやアルファロメオが復活したが、いまのところ市場に大きなインパクトを与えられていない。PSAもアメリカへの再進出にあたっては同じ課題に直面するだろう。)
Zipcar is about to face an unlikely new competitor(Zipcarが対峙するかもしれない新たな競争相手)
- Business Insider -

記事によれば、PSAにとってアメリカ市場は「相当な利益を稼げる市場(カルロス・タバレスCEO)」だということですが、なぜ発売までに10年という期間が必要なのでしょうか。「さっさと輸出を始めちゃえばいいのに」と思わないでもありませんが、プジョーの撤退から25年、シトロエンに至っては40年近く経っていて事実上の新規参入であることを考えると、理に適った戦略なのではないかと思います。

まず、アメリカ市場の現状をざっと見てみましょう。アメリカの新車市場は年間1,700万台で1国としては世界最大の市場です。車種別の内訳は乗用車800万台、SUVとクロスオーバー、ミニバンを合わせて650万台、ピックアップトラックが250万台となっています。

ブランド別ではフォードが250万台でトップ、シボレーとトヨタがおよそ200万台、ホンダと日産がおそよ150万台と続きます。日本勢が強いですね。

欧州ブランドはメルセデスベンツ、フォルクスワーゲン、BMWがそれぞれ35万台前後、アウディが20万台。そして、ミニが6万台、フィアットが4万台などとなっています。最多のメルセデスでも市場シェアは2%程度で、欧州勢にとっては厳しい市場といえます。

フランス勢はフランス語が公用語のカナダを含めて総撤退していて、プジョーは1991年、シトロエンは1974年に退いています。ルノーも北米では販売されていないため、北米は永らくフランス車不毛の地であります。
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続いてアメリカではどんな車が売れているのでしょうか。 最多販売はフォードのピックアップFシリーズ。2位と3位もピックアップです。乗用車系のトップはトヨタカムリで43万台。そして30万台前後にトヨタカローラ、ホンダアコード、シビック、日産アルティマなどがひしめいています。乗用車は日本車の独壇場ですね。そしてアメリカ市場の特徴は、セダンが人気であるということです。ここにあげたモデルは全てセダンしかラインアップされていないのです。

VWゴルフ、VWポロ、ルノークリオがトップ3を占めるヨーロッパとは全く異なる、それこそ欧米なんて括り方はとてもできない別世界といえます。

つまり、PSAがアメリカ市場に輸出するとしたら、現行ラインアップではDセグメントのプジョー508が主力になるということです。DSならDS 5ですね。


508が否応なしに売れ筋になるということは、PSAにとっては魅力的だと思います。PSAのDセグメント車はとにかく売れた試しがありませんので、北米で捌くことができれば工場も安定稼働が期待できますからね。その一方で、PSAはDセグメント車をカムリやアコードと太刀打ちできるほどの存在に仕立て上げなければなりません。

10年後といわれる北米での販売を再開させるためには、まず売物を用意しなければなりませんが、これはやはり相当大変なのだろうと思います。

第一に、米国の法規制に適合させること。これは当然ですね。衝突安全基準や排ガス規制など、自動車がハードウェアとして適法でないと売り出すことすらできません。

第二に、製品として瑕疵のないこと。高品質であるべきなのはもちろんのこと、気候や走行条件の違いによる不具合を未然に防止する必要があります。特定の部品が想定以上に消耗することも考えられますし、夏の灼熱でダッシュボードのプラスチックがめくれ上がるなんていうのも製品の瑕疵といえます。どこかで聞きまくったような話ですが。

そして第三に、現地のユーザーの好みに合っていること。デザイン、乗り味、例えば日本でも、車幅を1,800mmに収めるために薄型の専用ドアハンドルを用意するなんていう例もありますから、アメリカからも思いもよらない要求が寄せられるのでしょう。

これを数万点と言われる自動車の部品やコンポーネントすべてにおいて行うわけですから、いやー、気が遠くなりますね。

例えば次期かその次の508の北米仕様を開発したとして、膨大な時間と費用をかけて製品を開発し、宣伝も打って販路も作って、それでポシャりました、では目も当てられないわけですね。競争の激しい市場で、チョチョイと軽くしつらえただけの製品を輸出したって勝負にならないことは明らかです。

えっ、押しも押されもせぬ大企業がそんな間抜けなことをするわけがないだろうって?

でもそういう事例も結構あるんですよね。

GMの欧州ブランドであるオペルは2012年9月からオーストラリアでの販売を開始しましたが、新車市場が年100万台の豪州で発売から1年でわずか1,500台しか売れず、1周年を迎えずにすごすごと撤退することとなりました。
The arrival of Opel was doomed from the beginning. General Motors tried to pitch a relatively unknown badge with a price premium in a market with 67 brands(豪州オペルは最初から絶望的だった。GMは67のブランドがひしめくこの地で知名度の低いオペルを高い価格で売ろうとしたのだ)
Opel abandons Australian arm after less than a year after poor sales(オペルが販売不振で1年経たずに豪州の拠点を閉鎖)
- News.com.au -


そして、フィアットクライスラーグループのダッジは2007年に日本に進出しましたが、こちらも販売不振により2011年頃には撤退しました。一時期都内でもチャージャーやJCといったモデルをポツポツ見かけましたが、そもそも知名度がなかったためか、自然消滅するように日本から去って行きました。JAIAの統計によると、この間の販売台数は1万台に満たなかったようです。

こわいですね。成熟市場への後発参入ほどこわいものはありませんね。

ということで、PSAが電気自動車のカーシェアリングやリース販売で徐々に知名度を高めながら、消費者の購買意欲を刺激し続けるという作戦はよく考えられたものだと思います。

勝算?

やはりフランス車の内外装のデザインには一日の長がありますので、アメリカでもフランス車に対する一定のニーズはあるのかと思います。ミニやフィアットが5万台程度売れるのだから、PSAが10万台売れてもおかしくないでしょう。

会社にとっても新規事業は組織の活性化につながりますので、ぜひとも成功させていただきたいですね。